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浦和地方裁判所川越支部 昭和53年(ワ)286号 判決 1989年1月19日

原告

川野章

川野誠

川野稔

右原告ら訴訟代理人弁護士

田中重仁

右訴訟復代理人弁護士

赤松岳

右原告ら訴訟代理人弁護士

山田泰

被告

医療法人赤心堂病院

右代表者理事

栗城至誠

被告

栗城至誠

被告

昆晃

右被告ら訴訟代理人弁護士

平沼高明

右訴訟復代理人弁護士

木ノ元直樹

右被告ら訴訟代理人弁護士

服部訓子

堀井敬一

関沢潤

主文

一  被告医療法人赤心堂病院は、原告川野章に対し金九二〇万円及び内金八四〇万円に対する昭和五一年一月二二日以降、原告川野誠に対し金三四六万円及び内金三一六万円に対する前同日以降、原告川野稔に対し金四〇三万円及び内金三六六万円に対する前同日以降各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告栗城至誠、同昆晃に対する請求及び被告医療法人赤心堂病院に対するその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた費用の六分の一及び被告医療法人赤心堂病院に生じた費用の三分の一を被告医療法人赤心堂病院の負担とし、原告らに生じたその余の費用とその余の被告らに生じた費用を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告川野章に対し金二八六一万〇五七〇円及び内金二六〇一万〇五七〇円に対する昭和五一年一月二二日以降、原告川野誠に対し金八三五万四二二八円及び内金七六〇万四二二八円に対する前同日以降、原告川野稔に対し、金一一五六万〇五六〇円及び内金一〇五一万〇五六〇円に対する前同日以降各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 訴外亡川野てい(大正六年三月一九日生。以下「てい」という。)は、原告川野章(以下、「原告章」という。)の妻であり、訴外亡川野由美子(昭和一六年八月三日生。以下「由美子」という。)は、右両名の長女であり、原告川野誠(以下、「原告誠」という。)は長男、原告川野稔(以下、「原告稔」という。)は次男である。由美子は未婚で子はない。

(二) 被告栗城至誠及び被告昆晃はいずれも医師であり、昭和五〇年から同五一年にかけて、被告医療法人赤心堂病院(以下「被告病院」という。)に勤務し、被告栗城は同病院の理事長であるとともに院長であり、被告昆は同病院の外科部長であり、被告病院と被告栗城及び被告昆とは使用者と被用者との関係にあった。

2  ていに対する医療事故の発生

(一) ていは昭和五〇年一〇月六日肩と胃の辺りに痛みを訴えて被告病院に通院していたが、同年一一月一四日ころになり、胆石症と診断され、その結果、被告病院の医師らの勧めに従って胆石、総胆管結石の手術的治療を行うことにし、同年一二月三日被告病院の本名医師の執刀により胆のう切除、総胆管切開、乳頭形成術を受けた。なお、被告病院では、被告栗城、同昆及び本名医師外二名をもって主治医団を構成して、ていの治療にあたらせていた。

(二) 本名医師は、右手術の際、誤ってていの膵臓及び膵内胆管を傷つけ、胆汁が膵臓内に漏出するのを放置して、壊死型膵炎を惹起させ、更に、胆汁及び膵液を腹腔内に漏出させて腹膜炎を発症せしめ、その結果、翌五一年一月四日ていを死亡させた。

3  ていの死亡に対する被告らの過失

(一) 手術を行う執刀医としては、人の臓器を不必要に傷つけない注意義務があるにもかかわらず、前記2のとおり、本名医師は、ていに対して前記手術を行った際、誤って、縫合終了時に膵実質を損傷し、もしくは、中山式総胆管拡張器(中山式ゾンデ)を粗暴に扱い、膵内胆管を傷つけて膵の損傷を来しため、膵壊死を惹起させた。

(二) 本名医師は、前記手術中のレントゲン撮影において、胆管から胆のうに注入した造影剤が膵臓へ漏出したのを確認したのであるから、前記損傷部位もしくは右漏出部位から将来胆汁が膵臓内に漏出し、その結果膵炎を起こし、更に膵壊死に至ることが十分予測されたにもかかわらず、これに対する何らの効果的処置を施すことなく放置し、その結果、右機序により膵壊死を惹起させた。

(三) 主治医は、手術後適切な術後管理を行う必要があるが、前記手術の際に、排液誘導のためにTチューブ(Tドレーン)一本と腹腔ドレーン(ゴムドレーン)二本が挿入されていたが、術後四日(一二月七日)、同五日(一二月八日)に右ドレーンから多量の滲出液の排出が持続していたにもかかわらず、術後六日(一二月九日)には早くも腹腔ドレーンを抜去してしまい、そして、術後九日(一二月一二日)にはドレーン孔(腹腔ドレーンが抜去された後に孔を縫合せずにおいたもの。)から多量の膿性の分泌物が排出し、術後一〇日(一二月一三日)、同一一日(一二月一四日)にはドレーン孔からの分泌物の排出量が増加し、その後もドレーン孔から多量の分泌物の流出が続いたにもかかわらず、術後一六日(一二月一九日)、ドレーン孔より膿性分泌物に加え、消化液の排出がみられるに至りようやく腹腔ドレーンが再挿入された。また、以上のように、ドレーン孔からの分泌物の漏出が通常より長く続き、また通常は漏出されない膿汁分泌物が漏出し、同年一二月二〇日に至っては多量の黒色腸内容物がドレーンの側から漏出したのであるから、被告栗城、同昆及び本名医師らの前記主治医団は、ていに腹膜炎が発症していることを疑い、救命のため、遅くとも同月二五日ころまでに、再開腹手術を施すべきであったにもかかわらず、右腹膜炎を見過ごし、再開腹手術を行わなかったため、同女を死亡させた。

(四) 説明義務違反について

医師は、患者に対して手術等の侵襲を加えるなど、その経過及び予後において死亡等の重大な結果の発生が予測される医療行為を行う場合は、診療契約上の義務ないしその承諾を得る前提として、当該患者ないしその家族に対し、病状、治療方法の内容及び必要性、発生の予測される危険、他に選び得る治療法などについて説明し、当該患者がその必要性を充分比較考慮のうえ右医療行為を受けるか否かを選択することを可能ならしめる義務があるにもかかわらず、被告栗城、同昆及び本名医師らの前記主治医団は、本件手術が救命のため緊急且つ不可欠のものというわけではなかったのに、ていに対し術式をはじめ、手術そのものの危険性や術後合併症の危険性等について何らの説明も行わなかった。

ていは、本件手術に対して大きな不安をもっており、胆石症手術の危険性、肥満による危険性等をそのまま同人に説明していたとすれば、ていは、決して本件手術を承諾することはなく、したがって、死亡することもなかった。

4  ていの死亡に対する被告らの責任

(一) 債務不履行責任

ていは、昭和五〇年一〇月二八日被告病院との間に、胆石・総胆管結石の手術的治療を行うことの診療契約を締結し、被告病院は、右債務を誠実に履行すべき契約上の義務があるにもかかわらず、前記3の過失によりていを死亡させたのであるから、被告病院は、原告らの被った損害を賠償する責任がある。

(二) 不法行為責任

(1) 被告栗城、同昆は、前記3の過失によりていを死亡させたのであるから、民法七〇九条により原告らの被った損害を賠償する責任がある。

(2) 被告病院は、被告栗城、同昆及び本名医師らが、前記3の過失によりていを死亡させ、原告らに損害を与えたのであるから、民法七一五条一項により右損害を賠償する責任がある。

5  由美子に対する医療事故の発生

(一) 由美子は賢不全で都内の訴外嬉泉病院に通院していたが、昭和四九年一一月六日被告病院に転院し、以来被告病院は、被告昆、同栗城及び本名医師の三名の医師を主治医団として由美子の治療にあたらせ、同女は被告病院において、同医師らによって週三回の人工透析(血液透析)などを内容とする賢不全の治療を受けていた。

(二) しかるところ、由美子は、翌五〇年一二月下旬ころ血液中の尿成分が増大し、更に翌五一年一月四日母川野ていの死亡によるショックが重なり、同年一月五日・六日ころには、赤血球の数値が116×104個/mm3と正常値に比し著しく低くなり、全身状態が悪化したのであるが、前記医師団らはその間、人工透析の回数を増やすこともせず、また輸血の処置をとることもしなかった。その結果、由美子は同年一月二二日賢不全のため死亡した。

6  由美子の死亡に対する被告らの過失

(一) 被告栗城、同昆及び本名医師は、前記のとおり、昭和五〇年一二月下旬ころ由美子の血液中の尿成分が増大し、更に、前記ていの死亡によりショックを受けたのであるから、週三回の人工透析の回数を増加させるなどして病状の悪化に対処すべきであったのに、これといった処置をとらなかったため、由美子を賢不全で死亡させた。

(二) また、被告栗城、同昆及び本名医師は、翌五一年一月五日ころ、由美子の赤血球の数値が116×104個/mm3と正常値に比し異常に低かったのであるから、輸血の処置をとるなどすべきところ、これらの処置をせず、同女を賢不全で死亡させた。

7  由美子の死亡に対する被告らの責任

(一) 債務不履行責任

由美子は、昭和四九年一一月六日被告病院との間に、賢不全の治療を行うことの診療契約を締結し、被告病院は、右債務を誠実に履行すべき契約上の義務があるにもかかわらず、前記6の過失により由美子を死亡させたのであるから、被告病院は、原告らの被った損害を賠償する責任がある。

(二) 不法行為責任

(1) 被告栗城、同昆は、前記6の過失により由美子を死亡させたのであるから、民法七〇九条により原告らの被った損害を賠償する責任がある。

(2) 被告病院は、被告栗城、同昆及び本名医師らが、前記6の過失により由美子を死亡させ、原告らに損害を与えたのであるから、民法七一五条一項により右損害を賠償する責任がある。

8  損害

(一) ていの逸失利益

(1) ていは大正六年三月一九日生まれであり、本件事故により死亡した当時満五八歳であった。

(2) ていは、死亡当時、株式会社川野商店において専務取締役の地位にあり、月額金一一万円の報酬を受領していたが、満六九歳まで就労可能であった。

(3) ていは主婦として家事労働にも従事しており、満六九歳まで就労可能であったが、主婦としての収入は、昭和五二年度の賃金センサス第一巻第一表の女子労働者平均賃金により年額一五四万三六〇〇円である。

(4) 右各数値にいずれも三割の生活費控除をしたうえ、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除してていの死亡時における逸失利益を算定すると次の計算式のとおりである。

株式会社川野商店専務取締役として

11万円×12×(1−0.3)×8.5901=793万7252円

主婦として

154万3600円×(1−0.3)×8.5901=928万1775円

合計 一七二一万九〇二七円

(二) ていの慰謝料

ていは本件手術が意に沿わず、また、本名医師を嫌っていたにもかかわらず、同被告の執刀の下に本件手術を施され死亡するに至ったもので、ていの精神的損害に対する慰謝料は金八〇〇万円を下らない。

(三) 由美子の慰謝料

由美子は、被告病院の血液透析患者に対する取り扱いに憤りを感じていたが、最も頼りにしていた母川野ていが結果的には自らの勧めで、最も嫌悪していた本名医師の執刀により手術を受けたうえ、手術結果がおもわしくなく死亡し、自らも母の死後わずか一八日で死亡したことによる無念は大きく、あえてこれを金銭的に評価すると、その精神的損害に対する慰謝料は、金一〇〇〇万円を下らない。

(四) 相続

原告らとてい、由美子の身分関係は前記のとおりであるので、ていの損害賠償請求権を原告川野章が三分の一、由美子、原告川野誠、同川野稔がそれぞれ九分の二ずつ相続し、更に、由美子の死亡によって、同女の損害賠償請求権及び相続によって取得したていの損害賠償請求権を原告川野章が相続した。

(五) 原告らの慰謝料

前記事情の下で、わずか二〇日足らずの間に、同じ病院で妻子、母及び姉妹という二人の肉親を失った原告らの精神的損害に対する慰謝料は、各自について金二〇〇万円を下らない。

(六) 葬儀関係費

原告川野稔は、葬儀野係費として左記のとおり金二九〇万六三三二円を出損した。

てい葬儀関係費用 九四万六〇四六円

てい初七日費用 五万二〇一一円

由美子葬儀関係費用

九一万〇四七七円

右両名埋葬費用 二一万二一九九円

右両名墓石費用 七八万五六〇〇円

合計 二九〇万六三三二円

(七) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟を遂行するにあたり本訴訟を原告訴訟代理人弁護士両名に委任し、同弁護士らにその報酬等として原告川野章は金二六〇万円、同川野誠は金七五万円、同川野稔は金一〇五万円を支払うことを約した。

9  よって、原告らは、被告病院に対しては、債務不履行及び被告栗城、同昆と本名医師の不法行為による使用者としての損害賠償として、また、被告栗城、同昆に対しては不法行為による損害賠償として各自、原告川野章に対し金二八六一万〇五七〇円及び内金二六〇一万〇五七〇円に対する昭和五一年一月二二日以降、原告川野誠に対し金八三五万四二二八円及び内金七六〇万四二二八円に対する前同日以降、原告川野稔に対し金一一五六万〇五六〇円及び金一〇五一万〇五六〇円に対する前同日以降各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実はいずれも認める。

2  同2の事実について

(一) 同2の(一)は認める。但し、ていの手術を担当した医師は執刀医本名医師の外、訴外相馬智(杏林大教授)、同御木光信、同和久井功司である。

(二) 同2の(二)のうち、ていが死亡した事実及びその年月日は認め、その余は否認する。

ていの死因は、本件手術後、その合併症として総胆管から胆汁が漏出し、胆汁性の限局性腹膜炎を生じ、次に、ストレス性十二指腸穿孔を生じ、更に、肝機能不全もしくは何らかの理由によるDIC症候群(血管内凝固症候群)により全身出血を招いたことによるものである。

3  同3の事実について

(一) 同3の(一)のうち、本名医師が膵を傷つけたことは認め、その余は否認する。

胆石症の手術の場合、膵を傷つけることはままあることであり、その場合には処置さえしておけば何らかまわないところ、本名医師は、本件手術中ていの膵臓の一部を傷つけたことはあるものの、それは結石の残を取ろうとしてスプーンで探っているときに、深さ1.2ミリメートル、直径一ミリメートル程度膵臓の表面を一部傷つけたにすぎず、しかも直ちに二号絹糸で一針縫合しており、膵液が漏出することはなく、また、何の傷害を残すものではなかった。

(二) 同3の(二)のうち、本名医師が、前記手術中のレントゲン撮影において、胆管から胆のうに注入した造影剤が膵臓へ漏出したのを確認したことは認め、その余は否認する。

手術中に胆石の残留がないかについて確認するため、総胆管に造影剤を入れてX線撮影をした際に、造影剤がTチューブ(Tドレーン)を挿入した総胆管から腹腔内にもれたことを確認したが、膵臓内で合流している胆管から膵臓内にもれた様子はない。したがって、膵内胆管から胆汁が膵臓内に漏出したことはない。また、たとえ、手術直後膵実質へ造影剤が漏出することがあったとしても、圧のかけかたによっては、傷の有無にかかわらずよくあることであり、とりたてて問題にすることはない。いずれにしても、胆汁が膵臓内に流入したとの点は、原告の独断にすぎない。

(三) 同3の(三)のうちていの患部に挿入してあったドレーン孔からの分泌物の漏出が通常より長く続き、また通常は漏出されない膿汁分泌物が漏出し、同年一二月二〇日に至っては多量の黒色腸内容物がドレーンの側から漏出したことは認め、その余は否認する。

手術は順調に成功したものである。術後、限局性の腹膜炎が生じたが、手術の合併症として生じたものであって止むを得ないものであり、Tチューブによってドレナージしており、また局所ドレナージを置いているので限局性腹膜炎によって致命に至るものではなかった。分泌物が多く、長く続いたのは手術後のストレスによる十二指腸潰瘍性穿孔によるものと昭和五〇年一二月二五日に確定診断したが、このようなストレス潰瘍は手術に伴う合併症として止むを得ないものである。本名医師らは、再開腹手術について協議したが、再開腹手術によって、限局性の腹膜炎を拡大させ、そのことによる死亡の危険も存したため、ドレーンによる排出と抗生物質投与による保存的療法によることを協議のうえ選択し、ドレナージの排出を慎重に観察して、ていの様態を見守っていたものであって、漫然と再開腹手術をしなかったものではない。右選択は担当医師の裁量の範囲内のものであり、医療上の過失は存在しない。

(四) 同3の(四)は否認する。

4  同4の事実について

(一) 同4の(一)のうち、ていが被告病院との間に診療契約を締結したことは認め、その余は否認する。

(二) 同4の(二)は否認する。

5  同5の事実について

(一) 請求の原因5の(一)のうち被告昆が主治医団の一人であったことは否認するが、その余は認める。

(二) 同5の(二)のうち原告主張の由美子が死亡したこと、その主張のころ血液中の尿成分が増大し、またその主張のころ、由美子の赤血球数が原告主張のようであったことは認め、その余は否認する。

6  同6の事実について

(一) 同6の(一)のうち、昭和五〇年一二月下旬ころ由美子の血液中の尿成分が増大したことは認め、その余は否認する。

人工透析は週三回で十分である。由美子は、むしろ人工透析の直後脳血管傷害から心停止に至り死亡したと推定される。

(二) 同6(二)のうち、昭和五一年一月五日ころ、由美子の赤血球の数値が116×104個/mm3となったことは認め、その余は否認する。

由美子の赤血球数は、その後増加しており、輸血は必要がなかったうえ、輸血は肝炎の危険を有し、患者の造血機能を低下させるなどの理由から慎重に行うべきである。前記の如く由美子の死因は脳血管傷害から心停止に至り死亡したものであり、右脳出血は人工透析直後に生じたもので、比較的大きな出血が予想され、いかなる救命処置もこの時点では無効である。人工透析は未だ生体における腎臓とはかなり掛け離れたものであって、由美子は透析患者の避けることのできない疾患に陥ったものであって、透析を週四回に増やしたとしても死は免れなかったものであり、その他被告らにおいて救命しえなかったことについての過失は存しない。

7  同7の事実について

(一) 同7の(一)のうち、ていが被告病院との間に診療契約を締結したことは認め、その余は否認する。

(二) 同7の(二)は否認する。

8  請求原因8の事実について

(一) 同8の(一)の(1)は認める。

(二) 同8の(一)の(2)は知らない。

(三) 同8の(一)の(3)、(4)は否認する。

(四) 同8の(二)、(三)は否認する。

(五) 同8の(四)は知らない。

(六) 同8の(五)は否認する。

(七) 同8の(六)、(七)は知らない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の一、二の事実は、当事者間に争いがない。

二ていに対する医療事故の発生について

1  請求原因2の(一)、同2の(二)のうち、ていが昭和五一年一月四日死亡したこと、同3の(一)のうち本名医師ら膵を傷つけたこと、同3の(二)のうち本名医師が手術中のレントゲン撮影において胆管から胆のうに注入した造影剤が膵臓へ漏出したこと、同3の(三)のうちていの患部に挿入してあったドレーン孔から分泌物の漏出が通常より長く続き、また通常は漏出されない膿汁分泌物が漏出し、同五〇年一二月二〇日に至っては多量の黒色腸内容物がドレーンの側から漏出したこと、及び同4の(一)のうちていが被告病院との間に診療契約を締結したことはいずれも当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いのない事実に、<証拠>を総合すると以下の事実が認められる。

(一)  ていは、大正六年三月一九日生の主婦で、身長一五〇センチメートル、体重六五キログラムであったが、右心窩部に痛みを感じたため、昭和五〇年一〇月二八日被告病院の整形外科に来院し、同年一一月一九日レントゲン検査等を受けた結果、総胆管の十二指腸への出口に石が詰まっていることが判明し、胆石症、総胆管結石症であると診断され、被告病院は、右結石による総胆管拡張が著しいため手術が必要として、ていに対し手術を受けるよう勧め、その結果ていは同月二四日手術のため被告病院に入院した。

(二)  ていは術前検査の結果、軽度の貧血が認められたものの肝機能その他の検査に異常はなく、同年一二月三日被告病院において、本名医師の執刀、訴外医師相馬智(杏林大学医学部教授)、同御木光信の介助、麻酔担当医訴外和久井功司により、胆のう切除、総胆管切開、乳頭形成術の手術を受けた。

右手術では、胆のうと肝臓の腹腔内側とが癒着し、そこに石が溜まり胆のう炎を呈していたが、それを遊離する際小さな石が三個腹腔内に流出したため、それを確認除去したこと及び総胆管内に残結石があるか否かスプーンで探るとともに膵臓後面の癌の存否を確認するために膵臓を持ち上げた際、膵臓の表面に一ないし二ミリメートルの浅さで、径一ミリメートル程の傷をつけたため、二号絹糸で一針縫合したほかは、順調に行われ、胆のうを切除摘出し(胆石一三個が存在した)、総胆管に糸二本を掛け切開して結石一個を除去し、中山式総胆管拡張器を四番まで入れて乳頭を形成したうえ、漏出物の誘導のために総胆管内にTドレーン(Tチューブ)一本、その直下及び胆のうを摘出した直下にゴムドレーン(腹腔ドレーン)各一本の合計三本を挿入し、その際、右Tドレーンから造影剤を注入して胆管造影を行い、胆管の状態を確認した後止血し、三層縫合をして手術を終了した。

(三)  右手術後、被告病院では、被告栗城、同昆及び本名医師、訴外医師渡辺達夫、同田中貞夫らが術後の看症をしたが、術後の経過は以下のとおりであった。

十二月 四日  ゴムドレーンからかなり多量の出血

五日  ゴムドレーンから胆汁様の分泌物+

六日  ゴムドレーンはしばらく抜かないようにとの指示

七日  ゴムドレーンからの滲出液3+

八日  ゴムドレーンからの分泌物多量

九日  ゴムドレーンを抜去

一〇日  分泌物は少量となる

一二日  ドレーン孔(ゴムドレーンを抜去した後、孔を縫合せずにおいたもの)から膿性の分泌物2+

一三日  ドレーン孔から分泌物3+

一四日  ドレーン孔から分泌物3+

一五日  分泌物2+、臭いがある、粘調

一六日  分泌物相変わらず多い

一七日  分泌物多い(「なぜ?どうすればよいでしょう」との本名医師による記載)

一八日  右対孔からの分泌は灰白色

一九日  ドレーン孔より消化液排出す

回復室にてゴムドレーン一本を再挿入

二〇日  ゴムドレーンの側(再挿入したドレーンの周囲)から黒色腸内容物(当裁判所の鑑定の結果によると膵壊死物質と推定される。)が多量排出

二一日  ゴムドレーンからの排出は少なくなるが、Tドレーンから食物残渣が排出

二三日  分泌はきれいになったが、ゴムドレーンの側から排出される方が多い

二四日  ゴムドレーン側から黒色残渣、ゴムドレーンから白色(乳色)分泌物+

(四)  以上の経緯に加えて、同月二五日にはガストログラフィンを経胃管的に注入して撮影したレントゲン検査で十二指腸下行脚の下部からの遺漏が見られたため、被告昆や本名医師らは、ストレス性潰瘍により十二指腸に穿孔が生じ、更に、右穿孔の周囲において限局性の腹膜炎が生じているものと考え、ていの症状について、杏林大学医学部教授で消化器外科の専門家である訴外相馬らとも検討したところ、瘻孔は既に形成されているからこのまま自然閉鎖を待つことが良く、同女に対しては再開腹手術をせず、抗生物質の投与等による保存的療法を続けることに決し、治療を続行した。

(五)  翌五一年一月一日、ていは病状が急変し、心窩部の重圧感を訴え、また、茶褐色水様物を嘔吐したうえ痙攣発作を起こし、翌二日にも吐血したうえ痙攣発作を起こし、顕著な貧血症状を呈したため輸血(四〇〇c.c.)を行い、一時症状は安定したが、同月三日午後七時ころから嘔気が出現し、全身冷感、意識状態不良となり、同日午後一〇時三〇分ころから呼吸困難、吐血、下血が続き、人工呼吸、輸血、補液などの治療を行うも、翌四日午前〇時三〇分被告病院において、死亡するに至った。

(六)  ていの死因は、胆石症術後合併症として、術後胆汁性腹膜炎、術後出血、胆汁瘻形成、術創感染、急性膵炎などの合併症が出現し、更に、壊死型急性膵炎及び腹壁感染を併発し、その結果昭和五〇年一二月三〇日ころには敗血症を招来し、更にその結果としてDIC(播種性血管内凝固)症候群による消化管出血及び中枢機能障害を引き起こして心停止し、死亡したことが推認される。

三ていの死亡に対する被告らの過失、責任について

1 原告らは、本名医師がていの膵実質もしくは膵内胆管を傷つけたと主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、前記二のとおり、本名医師は本件手術の際、ていの膵の表面を傷つけた事実が認められるが、前記稲生証言によれば、本件のような胆石、総胆管結石の手術に際し膵を傷つけることはままあることであり、その場合も縫合等適切な処置を行えば、それ自体が特別の事態を惹起することはないことが認められる。ところで本件では、前記認定のとおり本名医師は膵表面を傷つけた後その縫合を行っているのであるから、その処置自体に過誤があったものといえない。

2 前記二のとおり、本件手術中のレントゲン撮影において胆管から胆のうに注入した造影剤が膵臓方面へ漏出しており、本名医師においてこのことを確認していることが認められるが、胆汁が膵臓に漏出したことまでの点についてはこれを認めるに足る証拠はない。むしろ、<証拠>を総合すると、本件手術の際、総胆管内にTドレーンを挿入して胆道圧の減圧を図る処置をとり、しかもその後右ドレーンから胆汁が排出され、また腹腔内に漏出した胆汁も腹腔内に挿入したゴムドレーンから排出されていたことが認められるのであって、このような措置を継続している限り、その措置に過失があったということはできない。

3  術後管理の瑕疵について

<証拠>によると、本件のような手術を実施した際の術後管理のひとつとして、胆汁性腹膜炎などの合併症を防止するため、腹腔内への滲出液をドレーンによって体外に誘導する必要があり、また、再開腹手術(腹膜炎に対する手術)の目的も、膿などを体外に誘導し、創を清潔にすることにあることが認められる。

ところで、前記認定の手術経過によれば、本名医師がていの膵を傷つけ、胆管から胆のうに注入した造影剤が膵方面へ漏出することなどの事情があったのであるから、特に術後管理には注意を要すべきところ、前記認定のとおり、ていは、胆石症術後合併症として、術後胆汁性腹膜炎、術後出血、胆汁瘻形成、術創感染、急性膵炎などの合併症が出現し、更に、壊死型急性膵炎及び腹壁感染を併発し、その結果敗血症を招来し、更にその結果としてDIC(播種性血管内凝固)症候群による消化管出血及び中枢機能障害を引き起こして心停止し、死亡したことに照らすと、結果的には腹腔内の滲出液の誘導が十分ではなかったことが推認される。しかも、本件手術後の術後管理については、前記のとおり、一二月六日のカルテにおいて、ゴムドレーンはしばらく抜かないようにとの指示がなされ、しかも、同月七日ゴムドレーンからの滲出液3+となり、同月八日ゴムドレーンからの分泌物多量となったにもかかわらず、同月九日には、ゴムドレーンを抜去してしまったこと、更に、抜去後二日程度は分泌物が少なくなったものの、同月一二日から膿性の分泌物が連日のようにドレーン孔から排出されているにもかかわらず、同月一九日に至ってようやく、ゴムドレーンを再挿入したところ、大量の膵壊死物質(カルテの記載によると黒色腸内容物)が排出されたこと、ドレーンの再挿入自体はさほど困難なものではないうえ、本件でもドレーンの再挿入によってかなり有効な誘導がなされているのであるから、より早期に再挿入がなされていれば、有効な誘導がなされた可能性があったのではないかと認められる。

以上の事実によれば、本件においては、手術後の排出液の誘導が不十分であったため胆汁性腹膜炎などの胆石術後合併症を発症させたという術後管理の瑕疵があったと認めざるを得ず、そうすると、右術後管理に関して、被告病院において自己の責に帰すべからざる事由のあったことを認めるに足りる証拠もないものといわざるを得ない。

したがって、被告病院は、ていの死亡につき原告らに対し、診療契約上の不完全履行に基づく債務不履行責任を免れないものといわざるを得ない。

4  しかしながら、前記3認定の事実からは、被告昆、同栗城につき、過失があったことを認めることはできないし、他に原告ら主張の事実を認めるに足る証拠はないから、同人らに対する原告らの請求はその余の判断をするまでもなく理由がないものというべきである。

四由美子に対する医療事故の発生について

1  請求原因3の(一)の事実及び同3の(二)のうち昭和五一年一月六日における由美子の赤血球が116×104個/mm3であったこと、同女が同月二二日被告病院において死亡したことについて当事者間に争いはない。

2  <証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足る証拠は存しない。

(一)  由美子は漫性腎不全のため昭和四八年一二月三〇日から東京都内の嬉泉病院において週二回の人工透析(血液透析)を受けていたが、同四九年一一月一日被告病院へ転院し、同月六日から同病院において週二回人工透析を受けるようになった。

(二)  被告病院は、同五〇年四月二一日から由美子に肺うっ血、尿量減少の症状が生じたため、右人工透析の回数を週三回に増加した。

(三)  その後、由美子は入退院を繰り返した後、同年一二月一三日再び被告病院に入院し、引き続き人工透析の治療を受けていたが、同月下旬ころには血液中の尿成分が増大するに至った。

(四)  由美子は、母であるていが被告病院において前述したとおり手術を受けたものの、その後の経過がよくなく心配していたが、同五一年一月四日死亡するに及び、ひどくショックを受けた。

(五)  同月六日由美子の赤血球数が116×104個/mm3と正常値(450×104個/mm3)に比し、かなり低くなった。

(六)  由美子は同月二二日午前九時一五分から同日午後二時一五分まで人工透析を受けたが、同日午後三時三〇分ころ、耳鳴りが強く横になれない旨訴え、このころから急激な嘔気、嘔吐、血圧の急降下などの症状を呈し、心マッサージを施すも、同日午後四時一五分、被告病院において脳血管障害に基づく心停止により死亡するに至った。

五由美子の死亡に対する被告らの過失について

1  前記認定のとおり、昭和五〇年一二月下旬ころ由美子の血液中の尿成分が増大したことが認められるが、しかし、このために人工透析の回数を増やすべきであったことを認めるに足る証拠はなく、かえって、訴取下前の被告本名の本人尋問の結果及び本件鑑定の結果を総合すると、由美子に対する人工透析の回数はむしろ適正なものであったことが窺え、この点についての被告らの注意義務違反ないし過失を認めることはできない。

2  昭和五一年一月六日における由美子の赤血球の数値が116×104個/mm3であったことは前記認定のとおりである。右事実に前記甲第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証、訴取下前の被告本名の本人尋問の結果及び本件鑑定の結果を総合すると、被告病院において昭和五〇年一二月二日由美子に輸血したところ、その後同女は肝障害を伴い、同月一三日には肝機能が著しく低下したこともあって、主治医団は由美子に対する輸血をなるべく避けるようにしていたこと、一般に腎性貧血に対して輸血を必要とするのはヘマトクリット値一五パーセント以下で著明な全身倦怠感が存するときなどであるが、同五一年一月一九日には由美子の貧血症状は、赤血球数178×104個/mm3、ヘマトクリット値一七パーセントと改善されたことの各事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実を総合すると、被告ら主治医団が右貧血症状に対して輸血の措置をとらなかったことについて注意義務違反ないし過失を認めることはできない。

六損害(ていの死亡について)

1  ていの逸失利益

ていが大正六年三月一九日生まれであり、死亡当時満五八歳であったことは当事者間に争いがなく、ていが死亡当時、株式会社川野商店において専務取締役の地位にあって、月額金一一万円の報酬を受領していたこと、ていが家事労働にも従事していたことは原告稔の本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨により、これを認めることができ、ていの就労可能年数については満六五歳までと認めるのが相当である。

原告らは、ていの逸失利益については、株式会社川野商店専務取締役としての報酬とは別に、家事労働分として女子労働者の平均賃金をも加算すべきであると主張しているが、右取締役としての報酬が女子労働者平均賃金に比して低額であることからすると、結局は、昭和五一年度の賃金センサス第一巻第一表の五五歳ないし五九歳の女子労働者平均賃金をもってていの年収と推定すべきである。

右によれば、ていの収入は年額一三九万一七〇〇円であるから、これに三割の生活費控除をしたうえ、ホフマン方式により年分の中間利息を控除してていの死亡時における逸失利益を算定すると五七二万円である(以下、一万円以下は切り捨てる。)。

139万1700×(1−0.3)×5.874=572万2392

2  ていの慰謝料

前記認定の本件医療過誤の態様、家族構成その他一切の事情を考慮すると、本件医療過誤によりていが被った精神的苦痛に対する慰謝料としては四〇〇万円を相当とする。

3  原告ら及び由美子の固有の慰謝料

前記認定の本件医療過誤の態様、家族構成その他一切の事情を考慮すると、本件医療過誤により原告らが被った精神的苦痛に対する慰謝料としては原告章については二〇〇万円、原告誠、同稔及び由美子については各一〇〇万円を相当とする。

4  相続

原告章はていの夫であり、原告誠はていの長男、原告稔はていの次男、由美子はていの長女であり、ていが昭和五一年一月四日に、由美子が同月二二日にそれぞれ死亡したことは当事者間に争いがない。そうすると、ていの有していた右1及び2の合計九七二万円の損害賠償請求権は、ていの死亡により、原告章に三二四万円、同誠、同稔及び由美子にいずれも二一六万円宛相続承継され、更に、由美子の死亡によって、同女の承継した右請求権及び同女の固有の慰謝料請求権は、原告章に相続承継されたことになる。

5  葬儀費用

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一、二、四及び五並びに弁論の全趣旨によると、原告稔がていの葬儀に関して支出した費用は一九九万五八五六円であるところ、葬儀費用としては五〇万円をもって本件医療過誤と相当因果関係のある損害と認める。

6  弁護士費用

原告らが本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人弁護士らに委任したことは記録上明らかであり、本件訴訟の内容、経過、請求認容額等諸般の事情を斟酌すると、右弁護士費用については、原告章につき八〇万円、原告誠につき三〇万円、原告稔につき四〇万円をもって本件医療過誤と相当因果関係のある損害と認める。

七以上の事実によれば、本訴請求は、被告医療法人赤心堂病院に対する債務不履行による損害賠償請求権に基づき、原告川野章につき、金九二〇万円及び内金八四〇万円に対する昭和五一年一月二二日から、原告川野誠につき、金三四六万円及び内金三一六万円に対する前同日から、原告川野稔につき、金四〇六万円及び内金三六六万円に対する前同日から、各支払い済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村重慶一 裁判官荒川昂 裁判官山田陽三)

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